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金剛福寺→(6.6k)→竜宮神社→(4k)→中浜→(3.1k)→鹿島公園→(3.8k)→似布利港→宿
歩行距離
17.5km/所要時間4時間10分
宿→似布利港→(1.2k)→大岐浜(南)→(2k)→大岐浜(北)→(5.6k)→下ノ加江→(5k)→真念庵→
(9.3k)→上長谷集会所
歩行距離
23.1km/所要時間6時間

●38番金剛福寺 |
●晴れ、23人。先達さんは有地さんと堀さん。
●11時ごろバスの中より、宮尾さん先頭の北海道・東京・名古屋から
の歩き遍路の方達に会う。10泊11日とか。
●12時 足摺岬のレストラン「椿」で昼食。お寺を再度参拝。
●13時 出発。海岸線を通り、鵜の岬からうすばえ公園に入ります。
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●鵜の岬から |

●うすばえ桜公園 |
●うすばえ桜公園で休憩。近々、さくら祭りがあるとの事です。
●山道を抜けると中浜に出ます。この中浜はジョン万次郎の生まれた
所です。この時代に幕府は西欧の情報を必要としていたので、万次
郎は幕府の直参となり、士分として取り立て異例の出世をします。
名字帯刀を許され、出身地の中浜をとって中浜万次郎と名のりまし
た。また、ジョンの名は救助された船の名前です。
●中浜にも万次郎の銅像とホイットフィールド船長に宛てた手紙が
あります。内容はお世話になった事・日本語を忘れてしまった事・
子供が三人できた事・着物を送った事・もう一度会ってお礼がした
い事などです。
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●うすばえ桜公園 |

●山道 |
●宿泊は、前月と同じホテル「海上館」。先月、受付で文句言ったので
覚えられていました。朝出発の時、手を振って見送ってくれたので
まあまあのホテルかなぁ。
●翌7時35分。「じんべえ広場」で体操をして出発。
●8時30分。宮尾さんと村上さん率いる北海道の遍路と大岐海岸で
会い、合同の写真を撮りました。
●ドライブイン「水車」で昼食。千葉市からの夫婦の歩き遍路に会う。
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●大岐海岸 |

●真念庵 |
●途中の山中に真念庵があります。真念はお遍路の人が、この庵に泊まり、38番金剛福寺を
参拝した後打ち戻り、39番延光寺に向かえる様にここに庵を建てました。
●真念は、「四国遍路の父」と言われています。
四国遍路が現在のような形になったのは、約300年前の江戸時代のことです。真念は
土佐の出身で四国遍路を20回以上回り、巡礼者が道に迷わないようにと、200本以上
もの石の道しるべを建てました。また、遍路宿も作りました。
最も大きな業績は、「四国遍路道指南」を書き四国遍路のガイドブックを作ったこと
です。88カ所の順番も決めました。四国遍路を世の中に広め、明治まで続く超ロング
ベストセラーになりました。
本が売れて有名になっても、売上金はお寺の建て直しなどに使い、香川県の牟礼町
原で亡くなりました。おごることなく一介の修行僧を貫いた一生でした。
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●成山峠
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●真念庵をすぎて、山道に入って行きます。成山峠を越えて、狼内・
川平郷の分岐まで昔の遍路道が残っています。
●江戸時代の遍路記に「谷間い長く、木重なり淋し」とあります。
●伊平さんの墓。旅で命を落としたお遍路さんをここの里の人々は、
お墓を建て、温かく供養したとあります。
●15時40分。上長谷集会所に到着。集会所では、高知県の県会議員の
投票をしていました。バスに乗り帰宅。
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●伊平さんの墓 |
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