土佐第13回  
 土佐第13回  19年4月7日〜4月8日 足摺岬から、土佐最後の札所を目指して  晴れ

 金剛福寺→(6.6k)→竜宮神社→(4k)→中浜→(3.1k)→鹿島公園→(3.8k)→似布利港→宿 
                                歩行距離 17.5km/所要時間4時間10分

 宿→似布利港→(1.2k)→大岐浜(南)→(2k)→大岐浜(北)→(5.6k)→下ノ加江→(5k)→真念庵→
 (9.3k)→上長谷集会所
                                 歩行距離 23.1km/所要時間6時間


38番金剛福寺
晴れ、23人。先達さんは有地さんと堀さん。

11時ごろバスの中より、宮尾さん先頭の北海道・東京・名古屋から
 の歩き遍路の方達に会う。10泊11日とか。

12時 足摺岬のレストラン「椿」で昼食。お寺を再度参拝。

13時 出発。海岸線を通り、
鵜の岬からうすばえ公園に入ります。

鵜の岬から


うすばえ桜公園
うすばえ桜公園で休憩。近々、さくら祭りがあるとの事です。

山道を抜けると中浜に出ます。この中浜はジョン万次郎の生まれた
 所です。この時代に幕府は西欧の情報を必要としていたので、万次
 郎は幕府の直参となり、士分として取り立て異例の出世をします。
 名字帯刀を許され、出身地の中浜をとって中浜万次郎と名のりまし
 た。また、ジョンの名は救助された船の名前です。


中浜にも万次郎の銅像とホイットフィールド船長に宛てた手紙が
 あります。
内容はお世話になった事・日本語を忘れてしまった事・
 子供が三人できた事・着物を送った事・もう一度会ってお礼がした
 い事などです。


うすばえ桜公園


山道
宿泊は、前月と同じホテル「海上館」。先月、受付で文句言ったので
 覚えられていました。
朝出発の時、手を振って見送ってくれたので
 まあまあのホテルかなぁ。

翌7時35分。じんべえ広場で体操をして出発。

8時30分宮尾さんと村上さん率いる北海道の遍路と大岐海岸で
 会い、合同の
写真を撮りました。

ドライブイン「水車」で昼食。千葉市からの夫婦の歩き遍路に会う。

大岐海岸

 
真念庵
途中の山中に真念庵があります。真念はお遍路の人が、この庵に泊まり、38番金剛福寺を
 参拝した後打ち戻り、39番延光寺に向かえる様にここに庵を建てました。

真念は、「四国遍路の父」と言われています。
 四国遍路が現在のような形になったのは、約300年前の江戸時代のことです。真念は
 土佐の出身で四国遍路を20回以上回り、巡礼者が道に迷わないようにと、200本以上
 もの石の道しるべを建てました。また、遍路宿も作りました。
  最も大きな業績は、「四国遍路道指南」を書き四国遍路のガイドブックを作ったこと
 です。88カ所の順番も決めました。四国遍路を世の中に広め、明治まで続く超ロング
 ベストセラーになりました。
  本が売れて有名になっても、売上金はお寺の建て直しなどに使い、香川県の牟礼町
 原で亡くなりました。おごることなく一介の修行僧を貫いた一生でした。



成山峠
真念庵をすぎて、山道に入って行きます。成山峠を越えて、狼内・
 川平郷の分岐まで昔の遍路道が残っています。

江戸時代の遍路記に「谷間い長く、木重なり淋し」とあります。

伊平さんの墓。旅で命を落としたお遍路さんをここの里の人々は、
 お墓を建て、温かく供養したとあります。

15時40分長谷集会所に到着。集会所では、高知県の県会議員の
 投票をしていました。バスに乗り帰宅。

伊平さんの墓