|
一本松→(5.2k)→満倉小学校→(1.7k)→豊田簡易郵便局→(3.6k)→40番観自在寺→(1.4k)→宿
歩行距離
11.9km/所要時間3時間40分
宿→(4.6k)→菊川小学校→(4.2k)→DE・あい・21→(3k)→柳水大師→(0.9k)→清水大師→(5.4k)→畑地→
(4.7k)→津島大橋
歩行距離
22.7km/所要時間5時間50分

●大先達石原満治さん |
●また雨です。今まで晴れていても、この3期が歩き出すと必ず雨が降ります。25人。
お大師さん、同じ降るなら早明浦ダムにお願いします。先達は初めての石原さん。
●石原さんのプロフィール
巡拝の鉄人石原満治さんは先達になり40年、四国88カ所を400回以上巡り(歩きで17回)、
テレビや雑誌に度々紹介されています。
●お話を聞くと、すべてが「お大師さんのおかげ」という心を持っています。
●修行の道場を終え、これから迷いから目覚めるために菩提の道場・伊予を回ります。
|

●あけぼの荘 |
●12時 南宇和郡の一本松温泉「あけばの荘」で昼食。さしみ定食。
●今回は宮尾さんより、撮影を依頼されます。
●13時10分 出発。雨は降っていないが、カッパの準備をします。
観自在寺まで11kmの看板。
●旧赤坂街道を通って行きます。浜松からの若い歩き遍路が追い越し
て行きました。
|

●旧赤坂街道 |

●観自在寺の山門 |
●僧都川(そうずがわ)の土堤を歩きます。フジ南宇和店で休憩。
ビールと焼酎を買い夜の宴会に備えます。
●16時30分 40番観自在寺到着。お寺の山門は約1200年前に建立。天井
には鮮やかな方位盤が掛けられています。
●観自在寺は、1番霊山寺から直線距離で最も遠く離れた札所のため
「四国霊場の裏関所」とも呼ばれています。
●このお寺には、弘法大師の自作と伝わる「南無阿弥陀仏」の宝印が
あります。それを写した手拭いがあり、それを身につけると奇跡の
回復があるといわれています。
|

●40番観自在寺 |

●旅館旭屋 |
●旅館「旭屋」で宿泊。110年続く老舗旅館。
これから柏坂へんろ道を越える方は、この旅館で一泊して、明日の
昼のおにぎりも頼めば作ってくれます。
●おかみさんは、気さくで愛嬌の良い人です。
皆と一緒に歌ってくれました。お薦めの宿です。
●カラオケ・踊りと今までで一番楽しい遍路です。
|
●おかみさん |

●柏坂登り
|
●朝から雨です。カッパを着て出発。室手海岸を通り、「旭屋」に戻り
弁当を持って出発。9時。これより「柏坂越えのみち」9.8kmに入って
行きます。この柏坂は、険しい山道で、野口雨情も「松の並木のあの
柏坂、幾度涙で越えたやら」と詠っています。高低差350mの登り。
野口雨情の句碑が所々に有ります。
●野口雨情。
茨城県の生まれで、昭和12年来村し、柏に一週間ほど滞在。多くの
民謡詩を残しました。また、「しゃぼん玉」「七つの子」「青い目の人
形」など200余りの詩を残しています。
●石原さんが、「南無大師遍照金剛」と歌いながら登って行きます。
●柳水大師で休憩。弘法大師が柳の杖を突きたてたところ、水が湧き
出てきたので柳水と云うようになりました。
|

●柏坂下り |

●昼食 |
●清水大師。娘が喉の渇きで意識を失っていると、弘法大師がシキミ
の根本を掘れと言った。掘ってみると清水が湧き出し、病の労咳が
直ったそうです。
●12時。民家のおばあさんの庭先で昼食。おばあさんありがとう。
●つわな奥展望台。今までの難所越えのつらさも、ここからの景観の
素晴らしさで忘れてしまいそう。由良半島全体が一望できます。昔
有名な画家が松の枝に筆を掛けたまま景色に見とれ、それを忘れて
しまったという話があります。
●柏坂を越え、国道に合流。15時帰宅。
|

●由良半島 |
|