日開野→(2k)→18番恩山寺→(2.8k)→お京塚→(1k)→19番立江寺→(6k)→沼江大師→(4.3k)→生名→(3.7k)→20番鶴林寺
歩行距離
21.5km/所要時間8時間30分
●9時過ぎ体操をして出発。18番恩山寺に行く途中、源義経の上陸の石碑があり、昔はここ
まで海だったそうです。参道の途中に、大師が植えたとされる「びらん樹」があります。
「びらん樹」の皮を煎じて飲めば、あらゆる病気に効くと言われています。
●山門をくぐった先から、急な山道を登ると、本堂の境内にたどり着きます。山門から本堂
までが、非常に長いです。恩山寺は、弘法大師の母が息子に会いに来たというお寺で、
母はここで出家。女人禁制でしたが、弘法大師がこれを解禁したとのことです。
母養山恩山寺の名前もここからきています。
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●18番恩山寺 |

●弦張坂 |
●次の札所は、恩山寺を下り竹林の中の峠道を歩いて行きます。義経が屋島の合戦に向かう
時に通った所で、兵に弓の弦(つる)の張り巻きを命じた、弦巻坂・弦張坂を超えます。
弦張坂の途中に四国最古といわれる釈迦庵の「佛足跡」があります。
●「お京塚」。情夫と共謀して夫を殺したお京は、その後遍路を始めたが、立江寺を参拝中に
黒髪が鉦(かね)の緒に巻きつき高くつり上げられてしまいます。髪の毛が根元から抜けてし
まったが命だけは助かり、改心したお京が地蔵尊を拝み、生涯を終えた場所です。
立江寺の黒髪堂には、お京の黒髪が巻きついた鉦の緒が有ります。
●立江寺は、夫婦でお参りしましょう(愛人と一緒はダメですよ)。
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●19番立江寺。昔は、阿波の関所寺として信仰心が試されるお寺だったそうです。邪悪な
心を持つ者はここから先へは進めないと言われています。お京の話がそうです。
●昼食はお寺の中。最近のお寺は、多角経営をしている所が多いです。食事はさしみ定食。
鳴門きんときがおいしかったです。少し休憩して12時30分、20番鶴林寺に向けて出発。
1期生より、12番焼山寺よりキツイと聞いていたので心の準備はできています。
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●19番立江寺 |
●20番鶴林寺まで14キロの道のり。アスファルトの上を歩くのでキツイです。途中暑い
のでお茶を2本買って飲みました。美容院の方が接待といって、ティッシュを持って
来ましたが貰いませんでした。ティシュより飲み物が欲しいです。
●接待をした人は、功徳のほかに、一緒に巡拝を頼むという気持ちが含まれています。
●勝浦町の「よってネ市」で休憩。地元特産の松茸・みかん・農産物などがありました。
お遍路さん用の休憩所も有ります。すでに山登りをあきらめて、バスに乗っている人も
2人います。 |

●出会った蝶と花 |

●20番鶴林寺 |
●集落を抜け、いよいよ鶴林寺の登山道です。この道は「一に焼山、二にお鶴、三に太龍」と
言われてきた難所です。寺までの標高差は450m。真っ直ぐに上へと道が続きます。ミカン畑
を過ぎ急坂を登っていくと、水呑大師があり湧き水を飲んで一息入れます。暗くなってきま
したが、何度か休憩をしながら進みます。だんだん後ろの人が遅れだします。
●山登りはあまり苦にはなりませんが、どこまで歩き続けるのか心配です。一人の先達さんが
足にマメができ、参拝を断念。立て札を見れば、後900m。山頂の建物が見えた時は、やったと
いう感じです。バスの2人が先に待っていました。参拝は5時半。ローソクも線香も使えま
せん。大師堂は、住職の計らいで半分だけ戸を開けて待っていてくれました。
●20番鶴林寺には、2羽の鶴が黄金の地蔵菩薩を守っていたという杉が今も残っています。寺名
にちなんだ鶴の像が本堂前にあります。白衣の鶴亀の鶴の朱印は、ここで押してもらいます。
●5時を過ぎれば、山は危険なのでローソクも線香も使用できません。 |
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